花祭りはさすがに三大祭り中一番の規模だけあって、出店もステージもかなり広い範囲に散らばっている。ぎりぎり出店が出ている端っこの方のエリアにある俺たちの家がある地区からメインステージがある記念公園までは徒歩15分くらいで、すごい人混みの中をずっと歩くのは結構疲れる。
「あ、綿菓子があるよ!」「人形焼きって可愛いよね~。」「射的だ!」と何か出店を見る度に、はしゃぐ蒼木さんと石川を見ていると、”目に入ったものの名前を全部言う人”と言うネタをやっていたお笑い芸人を思い出した。彼もこういうテンションの高い女子中学生から、あの芸のヒントを得たのだろうか。このテンションでメインステージまで体力が保つのか心配は増す。ちなみにあの芸人は全然保たずにすぐに消えてしまった。最も彼の場合、原因は体力的な事ではなさそうだが。
「チョコバナナだ~。買っちゃお!」蒼木さんと石川がチョコバナナを買う。近藤が「チョコバナナが許されるならバナナだけを食べたってそれは許されるべきだ」とコンビニでバナナだけ買って食べ歩きしていた去年の花祭りが懐かしく思える。一緒にいた俺まで変な目で見られてしまった。しかし、確かにバナナだけを食べるとおかしな目で見られ、チョコをコーティングしただけでそれが許されるようになると言うのは不思議なものだ。バナナと言う本質は同じなのに…。はしゃぐ女子二人の横の近藤にふと目をやると、複雑な顔をしていた。恐らく俺と同じく去年の事を思い出していたのだろう。
半分くらい歩いたところでチョコバナナを食べ終わった二人が金魚すくいの前で立ち止まった。どうやらやりたいらしい。
「金魚すくいってさ。」近藤が話し始める。
「金魚を狭い水槽の中から助けるから”金魚救い”って言うんだってよ。」
「へぇ~。そうなんだ。」石川は少し興味を持って聞いているらしい。
「でも、それは本当に金魚にとって救われてるのかな?例え狭くてもたくさんの仲間とそれなりの金魚についての知識がある店主さんの元にいた方が幸せなんじゃないかな。」近藤は真剣な顔だ。
「それが金魚にとっての救いかどうかはその金魚にしかわからないんじゃないかしら。」蒼木さんが言った。
「自分の価値観で見て、おかしいからあの金魚は可哀想だとか、自分から見て幸せそうだからいいとか、正義のつもりか?そんなの、ただの上から目線の同情でしかないだろ。」俺も乗ってみる。
「正義だなんて思ってないよ。ただ、結局のところ、金魚は救う側を選べない。それが救いであるかないかなんて誰にも分からない。ただ人間たちは自分のやっている事を正当化するために、全てを救いだと思い込ませるために”金魚救い”と呼んでいる。なんて利己的な生き物なんだ。」近藤が切なそうに金魚の泳いでいる水槽を見る。
「まぁ普通に掬うから金魚掬いなんだけどな。」と俺が言うと、
「あ、てめーネタばらししてんじゃねーよ!せっかくいい話しだと思ったのに!」近藤が言う。
「えー!?普通にウソだったの!?」石川が驚く。近藤と俺は笑っていたが、蒼木さんは苦笑いだ。俺は蒼木さんも信じていたんじゃないかと少し心配になった。いや、というか多分信じていた。説得力があるウソは、時としてみんなの中では本当になってしまう事もある。
「さて、そんなこんなでメインステージが見えてきたぞ。今年も相変わらず意味不明に豪華だな。」近藤が言う通り、いや、意味不明かどうかは分からないが、一番目立つところに大きく設置されたメインステージが見えてきた。20mはあろうかと言う横幅に、奥行きもまぁまぁあって、『花祭り』と言うだけあってたくさんの色とりどりの綺麗な花たちが飾られていた。このかなり広いステージをたった一人で使うんだから橘はやっぱりすごいなぁと素直に思った。
「あまり不安はないんですよ。何を話そうか、なんて考えなくても、もう台本はあるんです。私はそれを覚えるだけなんですよ。」昨日のメールで橘凛は言っていた。
「でも、かなり大きなお祭りですし、TVも来ます。スポンサーとの兼ね合いなどもありますから、仕方の無い事です。あ、他の人には絶対言わないで下さいよ。」
彼女も”説得力のあるウソ”で自分はそういうキャラである、と世間に認識させている。
”仕方ない” 彼女はそう言っていたが、やっぱり橘凛がお偉いさんの操り人形のようになっているのが可哀想に思えた。あそこの最前列に座っているのは事務所のお偉いさんだろうか。高そうなスーツに細い銀のフレームの眼鏡をかけて、何やらしきりに携帯で話しをしている。彼女を操っている(かもしれない)人…
彼女を可哀想と思うのも先ほどの”金魚救いの件”のとき他でもない自分自身が言った”上から目線の同情”なのだろうか。そんな事を考えていた。
「あ~花音ちゃん達だ。」蒼木さんと石川が前の方を見ながら言った。ちょうどそのお偉いさん(であろう人物)の横の同じく最前列に5~6人で陣取っているのはロイヤル・ナイツとそのリーダーの佐々木花音(かのん)だ。護衛隊長、世界の中心、インペリアルドラモン・パラディンモード、でお馴染みの佐々木。というかコイツは何個あだ名があるんだ。
「あら、まゆさん、茜さん、近藤くんに、……っ!!」インペリアルドラモン・パラディンモードは俺の方を見て明かに強ばった表情を浮かべた。名前さえ言ってくれない辺りに彼女の気持ちがよく表れている。
「何しに来たの?凛ちゃんにまた何かしたらウチが許さないから!」護衛隊長は俺に凄んだ。横のロイヤル・ナイツも、全員”戦闘準備完了”と言った感じで身構える。おいおい、ここは平和の国日本だよ。
「まぁまぁ、今日は私たちが無理矢理連れて来たんだよ。ゆうきは嫌がったんだけど…」信じられない事に石川が俺を庇う。それは世界の中心にとっても同じだったようで、戸惑っているのが表情からもハッキリ分かった。
「じゃ…じゃあ、私たちも席を探さないといけないからまたね。凛ちゃんの出るコーナー上手く行きますように。」最高のタイミングで蒼木さんが別れを告げる。トラブルにならないで良かった良かった。
なんとかロイヤル・ナイツたちから離れた俺たちは少し離れたところで席を確保し、橘のトークコーナーが始まるのを待った。ステージの花々の匂いが、客席まで届いて来ていた。
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