5月が過ぎ去り、6月が来た。
窓越しにここ数日降り続く雨を見ていると、嫌でも梅雨が来た事を実感する。
俺は6月が嫌いだ。毎日雨が降って蒸し暑く、おまけに祝日がないと来た。
6月なのに、”ろくでもない”とはどういうことか、責任者に問いただす必要がある、責任者はどこか。
相変わらず降る雨と共に変わらないのは橘の席が空席のままな事だ。多忙を極める橘凛は遂に冠番組まで出来てしまうほどに人気が拡大していた。桐生もテレビの仕事こそ多くはないが雑誌やラジオなどに大忙しのようだ。
変わった事と言えば俺と石川がメールをしている事くらいか。最も、全く大した話しはしてないし、学校で会ってもその話しはしないが。
1ヶ月後に来る期末試験に向けて理科のノートをまとめていると、近藤が話しかけて来た。
「久しぶりだな。ノートまとめとは熱心なこった。」
「全然久しぶりじゃないだろ、毎日話してるじゃねーかよ。というかお前はえらい余裕に見えるけど、試験は大丈夫なのか?」
「俺にとっては何か久しぶりな気がしたんだよ。試験は…まぁなるようになるだろ。」近藤が何故「久しぶり」と意味不明な事を言ったのかは置いといて、”なるようになる”は近藤の座右の銘みたいなものだった。事ある毎にこう言って、へらへらしていた。男子中学生がこの言葉を使うときは大抵どうにかならない場合が多いのだが、近藤は有言実行、いつも本当に何とかしてみせた。そして今回もそうだろう。と言うのも、一回も勉強をしているところを見た事がないにも関わらず、コイツは意外に勉強が出来た。近藤の事だ、表には出さないが裏では何かやってるに違いない。
ここで俺を「1日30分これを見るだけだよ~」とか「まだ間に合うぜ!」とか勧誘してくれば何とかゼミのキャラクターそのものなんだが、誘われた事は一回もないため、彼はキャラクターでは無いし、残念ながら俺のスポーツと恋と勉強、全てがいきなりいい方向にいくこともなさそうだ。
「最近橘凛、来ないな。絶対的存在を失った組織を見るのは楽しいけど、彼女を近くで見れないのはやっぱり寂しいよな~。」絶対的存在を失った組織と言うのは残念ながらスティーブジョブス亡き後のAppleではなく、橘凛がいないロイヤル・ナイツの事だ。何よりスティーブジョブスは俺たちが中2のときには生きていた。まぁそんな事はどうでもいいとして、ロイヤル・ナイツでは、護衛隊長こと佐々木花音が中心として何とか盛り上げようと躍起になっているが、メンバーたちの反応は外から見ても気まずさが伝わってくる。その姿はAppleでのティム・クック氏さながらだ、というのはクック氏に少し失礼だろうが、どちらも前象徴と比べると存在感、カリスマ性の欠如は明確であった。
「外から見ても痛々しさが伝わってくるのに、当の本人になったらもうどうなんだろうな。すげぇメンタルだよ。PKはあいつに任せた方がいいな。」近藤がいつも通りシニカルな口調で話す。ワールドカップの重要な場面でのPKで、インペリアルドラモンパラディンモードが登場してPKをきっちり成功するところを想像すると、笑えた。
家に帰ってご飯を食べていると橘凛の冠番組をやっていた。橘凛が色々なところにその日のゲスト数人と行くと言う旅番組であった。
この県内の場所にスポットを当てるらしく、今日は隣町で色々なものを食べ歩きしていた。
こんなところがあるんだな~と番組を通して隣町の良さげなところを学んでいると携帯が鳴った。
「お久しぶりです。最近メールを下さらないけど元気ですか?」驚くことに送り主は石川ではなく、今まさにTVに映っている橘凛であった。
「今丁度橘をテレビで見てるから変な感じがするよ(笑) メール、送れなくてごめん、元気だよ。そっちは?」こう送ると、5分くらいで返事が帰って来た。
「番組、見ていただいているんですね、ありがとうございます。私は最近忙しいのですが何とか元気です。学校に行けないのが少し寂しいですけど。」橘のメールを見ていると学校に来れないことを残念に思っているのがよく分かった。”普通のことを普通にしたかった”だけの橘凛はたった1ヶ月ほど学校に来たあと、またも特別な芸能人に戻ってしまった。彼女が学校でしたことと言えばロイヤル・ナイツに囲まれていたくらいだ。全然普通のことが出来ていないじゃあないか。
俺は映画に一緒に行ったときのことを思い出していた。ただただ映画に一緒に行っただけだが、あの日の彼女は学校でも仕事でも見せることのない心からの笑顔を見せてくれた。…俺の勘違いかもしれないが。
橘はただただ普通のことがしたいだけ。それだけでいいのだ。
そして彼女は普通の友達として俺を選んだ。勉強、運動、私生活、何から何まで普通の俺を橘が選んだのは自然なことだったのかも知れない。
止まってしまったメールをわざわざ橘から再開したのには何か特別な理由があるはずだ。…多分、普通の事をもう一度俺に期待して。日曜日にどこかへ誘おうか、水族館辺り。予想が外れていたらかっこ悪いが。というか、そもそも学校に来れないくらい忙しいのに日曜日なんて空いてるわけがない気もする、しかも今週だなんて急過ぎる。色々考えている間に携帯が震える。メールは今度は石川からだった。
「試験勉強も一段落したから、良かったら日曜日、息抜きがてら4人でどこか行く?ほら、あんたどこか行こうって言ってたじゃない。」
橘は俺何かとどこかに行かなくても大丈夫なはずだ。何より”一緒にどこか行く”と言うのだけが普通って事じゃない。メールのやり取りをするのだって、普通な事なはずだ。
かくして、俺は日曜日にいつもの3人と共にどこかに行く事になった。
No comments:
Post a Comment