花祭り以来橘とのメールは止まっていた。
こちらから送る事もなければあちらから来る事もないからだ。
元々特に意味のないメールを何通かやり取りしていて、何となく来るから何となく返すのを続けていただけだったのだから一回止まってしまうと、再開する理由がない。どんな事にしろ、始め方と言うのは一番難しいところである。
それと関係あるかどうかは分からないが、橘は学校を休む事が増えてしまった。
いや、俺の何の意味もないメールと彼女の出席率が関係ない事くらい本当は分かっているが。
彼女は花祭りの一件以来、更に注目度を上げ、彼女をテレビで見ない日はないくらいだった。その多忙さが欠席の理由で間違いないだろう。
そして面白い事に、彼女の横にはだいたい、あの男が一緒に出ていた。あの男とは花祭りでの橘凛のバーターこと桐生隼人の事だ。
トークショーでの二人の絡みを見て、これはいけるとTV局が判断したのだろうか、その思惑通り二人は独特のコンビネーションで場を盛り上げていた。
「最近よく出るわよね、あの二人。」食堂でぼーっとTVを眺めている俺に、石川が話しかけてくる。
「そうだった?」俺はとぼけた。
「言われてみればそうね。昨日の夜のバラエティでも二人で出てたし、この間のクイズ番組でも。」蒼木さんが言う。
「もしかして…デキてたり?」石川と蒼木がキャーキャーと女子っぽく騒いでいる。
「いや、それはないよ!」俺と近藤よりも先に否定したのは護衛隊長の佐々木だ。違うグループの会話にいきなり入ってくるんじゃねぇよ、ビックリするだろ。
「凛ちゃんは仕事だけに集中してるよ!それにあの男は凛ちゃんと全然釣り合ってないもん!」そうよそうよ、と言った感じで後ろのロイヤル・ナイツの面々が頷く。
お前らと橘も友達として釣り合ってないんですがそれは…とツッコミそうになるがグッと抑える。
近藤がこっちを見てニヤッとするのを見たところ、同じことを思っているようだ。
「そうかな、僕は彼らは意外にお似合いなように見えるけど…」またも横から入って来たのはおかっぱで背が低いメガネの同じクラスの宮本だ。次から次へと俺たちの会話に横から入りまくるクラス連中である。
「何よあんたは。人の会話を聞いて勝手に入って来て…キモイ。」橘の事となるとやたら攻撃的なインペリアルドラモンパラディンモードが食って掛かる。1分前のお前自身に言ってやったらどうなんだ、と場にいる全員が思っているに違いない。
「僕は案外人間観察が得意でね。君があまりに間違った事を言っていたからつい口を出しちゃったんだ、悪いね。」そう言うと宮本は去って行った。
「なにあれ…ヤバ。」世界の中心がつぶやく。しかし宮本はこの前も俺のやった事を近藤の作戦だと見事に見抜いた。だとすると今回も橘凛と桐生は…。
家に帰って家族で食事を食べているときに見ていたTVには、今日も橘凛と桐生が出ていた。
「本当、二人は一見正反対なのに何か合ってるよね~。」と司会者が言い、それを聞いて二人ともにこやかに笑っていた。
「お兄ちゃん最近橘さんとどうなの?」興味津々に聞いてくるのは俺の事を「お兄ちゃん」と呼んでいる通り、俺の妹のちさとだ。
「どうって言われても…あいつ学校に来てないしな~。」
「最近メールも来てないみたいだし。」
「お前、どうして…」メール交換してる事も、最近はしてない事も、何故知っているのか。
「画面見ちゃって。てへぺろ。」
「そのてへぺろってのやめい。」
「ここ最近ずっと携帯気にしてて、お兄ちゃん、何か珍しいなぁ~って思ってね。やっぱ橘さんほどの人とメールを長続きさせるほどの兄ではなかったか。」妹は残念そうだ。
「メールが終わったのを全部俺のせいみたいに言うのやめんかい。」
「え~。じゃあ橘さんの責任だって言うの?」いや、あれは橘の責任じゃあない。しかしかと言って俺の責任なのだろうか。というか責任ってなんだ?
世の中は複雑だ。問題が起きると人は誰が悪いのか、責任者を、犯人を探す。そして難しいのは、誰も悪くない場合だ。そう言う場合は世間的に立場の弱い方が責任を取らされる場合が多い。
というか全部そうだ。弱者はいつも犯人に仕立て上げられ、自分の意見さえ言わせてもらえない。
橘凛も芸能界と言う一つの世界の中では弱者だ。それゆえに自分の言いたい事は言えない立場。
「橘さんばっかりにいってて1年生のときによく遊んでた人たちを蔑ろにしてない?特に石川さん。」妹が言う。何でもお前に俺の交友関係を心配されんといけないんだ、しかもそこは普通近藤だろう。…でもそう言えば1年生の頃は石川とも毎日4~5通別に意味のないメールをしていたな。あれはいつ終わったんだったっけ。どっちの責任なんだ?石川か俺、どっちが弱者なんだろうか。やっぱりここも俺かな。
そう思うと何だか懐かしくなって、俺は石川にメールを送ってみる事にした。
とは言ったものの、何と送ったらいいか分からず、1時間くらい迷った末にこう送った。
「お疲れ様、最近部活はどう?また暇ができたら4人でどっか行こう。」
5分くらいして、俺の携帯が光る。
「いいけど、どうしたの急に。気持ち悪い(笑)」
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