March 30, 2014

【Cherry】アクアリウム

日曜日、俺は駅に呼び出された。俺は10分前行動5分前集合が常識と言われる日本で、更に早い20分前行動15分前集合を心掛けている。これは几帳面と言うよりは、ただ単純に、人を待たすのは気持ちが悪いのだ。

今日は水族館に行くらしい。この水族館は元々昔からあったのだが、ついこの間リニューアルオープンした。ロンドン水族館をモデルにしたと言う現代的な外観、家族、子連れ、カップル、一人、誰と行っても楽しめる展示の仕方など、この街を代表する観光地に生まれ変わったようだ。ちなみにこの情報は橘の冠番組で学んだ。

そうして待っていると石川がやって来た。柔らかい花柄のワンピースに大きなベルト。花祭りのときと全く同じような格好をしていた。それを指摘しそうになったが、俺は言葉を飲んだ。
「あれ、今何か言いかけた?もしかして「可愛い」だったりして」石川がいたずらっぽく笑う。やれやれ、と思いながらも石川ごときを相手に少しドキッとしてしまったのはきっとテスト勉強が一段落してしまった油断が原因だと思う事にした。
♪♩♫♪♩♫~ 石川の携帯から倖田來未の『恋のつぼみ』が流れる。なんとも中学校の女子っぽいチョイスだ。
「もしもし~。あ~、何やってんの?もうゆうきとわたし駅いるけど…って、え!?ちょっと待ってよ!いやいやいやいや、意味分かんないから!いや、じゃあねじゃなくて!本当ちょっと待って!…切れた。」
「ん?何かあったのか?」間違いなく何かあったのは明らかだが、俺は聞いた。
「近藤と茜、来れなくなっちゃったって…。」やられた、近藤め。

そもそも、今回の日曜日は近藤が提案したものだった。あいつから何か提案するなんて、らしくないとは思っていた。4人で会う時は、だいたい蒼木さん、石川発信で、稀に俺が何回か提案する事もあるが、近藤から言い出した事なんて無かった。そして、近藤が直接俺に言うのでは無く、石川伝いに俺に言うのも今考えるとおかしかった。

「はぁ、バカらしい。お前と俺の二人だなんてダルいし、帰ろう。」俺が言うと石川は下を向いた。俺は嫌な予感がした。そしてそれは的中する。
「チケット…」街の喧噪にかき消されそうな小さな声で石川が呟く。
「え?」思わず聞き返す。
「チケット、近藤がわたしのとこに来て茜とわたしの分だって2枚くれたの。」
今あそこの水族館は人気過ぎて、水族館としては異例の人数制限を行っているらしく、取るのが少し難しいらしい。それを2枚キッチリ準備するとは近藤は流石だ。って、関心している場合ではない。
「4人で行くのにわざわざ2枚だけを渡すなんてどう考えてもおかしいだろう。」
「今考えるとおかしいけど、受けとったときは全然気付かなかったのよ。」石川がこう言うのは仕方のない事だ。友達の行動を疑うなんて、コイツには特に無縁の話しだ。
「よし、じゃあそれを水族館の外で買えずにいる人に売ろう。」我ながらなかなかの案だ。
「最低・・・。」石川の目が少しマジになった。
「冗談だよ、冗談。ははは。…さて、どうするか。」
「と言うか、わたしと行くのそんなに嫌なわけ?」石川が不満げに聞く。
「いや、嫌じゃないけど、何かダルいと言うか。」
「世間ではそれを嫌って言うんじゃないの?」石川の怒濤の追求は国会議員さながらで、冷や汗が出た。
「いや、嫌って言ったら言葉が強過ぎるというかさ…」これは俺の正直な気持ちだ。何でコイツは同じ幼なじみの女子と改まって二人きりでデートスポットでもある水族館に行ったりする気怠さと言うか照れ臭さが分からないのか。
「よく分かんない。せっかくだし、行こうよ。わたし、実はずっと行ってみたかったんだ☆」色々考えてしまうタイプの俺とは真逆でコイツは何も考えないタイプだ。それにさっきの近藤との電話からのこの切り替えの早さはドルトムントゲーゲンプレスさながらだ。と、言っても誰も分からないか。これ以上文句を言っても石川の機嫌を損なうだけなので、俺は石川と水族館に行く事にした。

水族館はさすがは出来たばかりと言った感じで、綺麗だった。水の青が反照して、幻想的な雰囲気を作り出している。
石川と俺を気まずくさせたのはそのカップルの多さだった。カップルが大勢いて、2組、幼稚園か保育園の団体がいたが、”一人でも楽しめる”との触れ込みにも関わらず一人で来ている人はいなかった。
それを見て石川は今更少し恥ずかしそうな顔をしていた。
「お、お土産…そうだ、お土産!」気まずい沈黙を、石川が打ち破った。
「お土産?」
「お土産買おう、近藤と茜に!」そういうと、石川はお土産ショップに走って行った。リニューアル前はほんの少しのスペースしか無かったと言うのに、お土産スペースはかなり広くなっていた。
「見てみて~このぬいぐるみ可愛くない?」石川は持っている自分の上半身から顔まで隠れてしまうくらい大きなイルカのぬいぐるみを持っていた。
「そんなもん置き場に困るだろ…」
「部屋にぬいぐるみを置けなくなったら、もうそれは女の子じゃないよ!」分かるような分からない持論を展開した石川だったが、持って帰るのが大変そうと言う理由で買うのは辞めた。あんな大きなぬいぐるみと一緒に帰りの電車を共にする事にならなくてよかったと思った。
「これ、可愛くていいじゃん?4つ買っちゃお!」そう言って石川が持っていたのはストラップだった。この水族館で人気のペンギンのものだった。
「4人でお揃いにするのか?」
「何よ、また嫌なの?」不満そうな石川は、クラスで誰に見られて”お揃いなんだ~、へ~”とか言われたときの事を考えてないに違いない。まぁ反論するのも疲れるし、いいか。と言う事で俺たちは4つそのストラップを買って、帰った。

帰って社会のノートを見直していると、携帯が鳴った。
E-mail From 橘凛


さっきつけたばかりのストラップがぶらぶら揺れていた。

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