「えー。教えねーよ。」俺はおどけてみせた。
「2年生早々に芸能人と二人で隠し事とはやるなー!こいつー!」近藤はテンション高めだ。
「告白だよ」冗談っぽく笑って言ってみせた。この手の冗談はお手のものだ。
「え、告…え?」近藤は予想より驚いている。そして俺は異変に気づいた。周りから声がしない。
見渡すとクラスにいるほぼ全員がこっちを見ていた。恐らく俺の言った事も聞こえていたのだろう。いや、”注目して聞いていた”と言った方が正しいかも知れない。
「ちょ、お前それって本当なのか?」近藤が聞く。
「ちょ…ちょっと来い!」俺は近藤を引っ張って教室の外に走った。まさか1時間前に腕を引っ張られ、そして次は俺が腕を引っ張って走る事になるとは。腕はそんなに引っ張ったり引っ張られるものではないのに、今日1日で1年分の腕引っぱりを使ったかもしれない。…ってそんな事はどうでもいい。
「もうこの辺りでいいだろ。説明してくれよ。」教室から少し離れた渡り廊下で近藤は言った。
「普通に「友達になってください」だと。迂闊だった。芸能人と二人で教室の外に出て、帰って来て、そいつの話しを聞こうとする、そんな事は自然な事だ。なんで俺はそんな事も…」やはり芸能人との不慣れなシチュエーションの後でおかしくなっていたのか。
「はぁ!?橘凛が「友達になってください」って!?お前に!?言ったのか!?何で!?何でお前!?」近藤は”理解不能”と言った感じだったが、そんなに驚くなんて俺に失礼だぞ、近藤。一応俺はお前の目の前にいるぞ。
「いや、何かずっと芸能界にいたからか、”普通の友達”ってのがいないらしくてさ。みんな”芸能人として”としかあいつの事を見てなかったそうだ。まぁそりゃそうだよな。それで彼女は『次に教室に入って来た人がイケメンだったら声をかけて友達になってもらおう』って決めてたらしい。」俺は正直に説明した。少しフィクションも入っているが。
「イケメンの件は?」鋭い近藤。
「…うそだ。」
「おい、待てよ。と言う事は俺があのとき少しでも早く橘を見ようと教室に行かずに蒼木や石川やお前と一緒にいれば橘は俺に声をかけてたかもしれないって事かよ!!」近藤は後悔をしている。
「確かにそうだな。その可能性もあったな。」そう考えたら運命とは不思議なものだ。
「絶対俺に声をかけてたはずだ。俺の方がイケメンだしな。」ドヤ顔をする近藤。
「だからイケメンの件はうそだって。あと俺の方がイケメンだ…ってんな事はどーだっていいんだよ!どうするんだよ、教室では…」
「どうでもよくない!俺が最初に橘凛と友達になれていたのに俺は…俺は…」近藤が俺を遮って、また後悔している。
「時間がないんだよ、一緒に考えてくれよ。」俺は焦っていた。
「知らねーよてめーの事なんてよー。俺の橘凛を…」近藤はぶつぶつ不満を言っている。
「放課後あずきバー奢るよ。」俺は最後の手段に出た。
「よし、どう解決する?」近藤の、あずきバーを出した時の変わり身の早さはさすがだ。こいつはあずきバーのためならある程度の事はしてくれる。(ちなみに、本当にどうでもいいが近藤にはあずきバーを買って1分以内に食べるという特技がある。)
「状況を整理しよう。俺が「告白された」って言ったのはみんな聞いてたか?」まずはそこだ。あそこで俺をみんなが見ていたのは勘違いだったかもしれない、なんて淡い期待を抱きながら。
「多分あの感じだと教室の全員が聞こえただろうな。いや、”聞いてた”と言うべきか。だから全員、橘凛がお前に告白したと思ってる。何がマズいかって、それによって男子連中はほぼ全員お前の敵、女子だって『せっかく女の子が勇気を持って告白したのにそれをぺらぺら喋る最低な男』として見ているだろうな。そして一番の問題は橘だ。お前に引っ張られつつ、気になって彼女の方を見たんだけどよ、すごい顔してたぞ。お前、殺されるかもな。ははは。」近藤の分析を聞いて、俺は胃が痛くなった。自分が想像していたより、もっと酷いところに俺は追い込まれていた。
クラス替えしたばかりで多くの人が俺の事を知らない。冗談かどうかなんて判断出来ないだろう。全てが裏目に出ている気がした。
「しかし、だ。お前は『告白された』と言ったか?」近藤が何かを思いついたらしい。こういうときにこいつは本当に頼りになる。
「言わなかったか?」俺は聞いた。
「いや、お前は言ってない。「告白だよ」とだけ言った。と、言う事はだ、何も告白したのは橘凛からとは限らない。お前から告白した可能性だってあるわけだ。いや、むしろモテない惨めなオタクの童貞がいきなり芸能人を目の前にして告白した、と言う方がよほど可能性が高いと思うぞ。そこを利用すれば女子からの評価は戻せないが男子連中は引き止められる。女子なんて変わりやすい事この上ない、いつでも取り戻せる。大切なのは男共だ。」途中気になるところがあったが、近藤はいいところに着地しようとしている。
「問題は…」俺が促す。
「そう、問題は橘凛がお前を呼んだ理由…」近藤もそこを考えている。
そして近藤は何かを考えつき、俺に耳打ちをして、肩をぽんぽんと叩いた。
「俺が徹底的に落ちるしかない、か。」俺は全てを受け入れて、覚悟を決めて教室に戻った。
教室に戻ると全員が一斉にこっちを見た。もちろん橘凛もいるが、俺はそっちを見る勇気はなかった。ただ、出来るだけ見ないようにしたが、そっち方面から来る悪寒はなんとなく感じられた。
「橘さん!コイツ、謝りたいんだって!」近藤が大袈裟なほど大きい声で言った。全員がこっちを見ていると言うのに物怖じしない辺りはさすがだ。橘さんは…確かにすごい顔をしている。そんな事は気にせず近藤が続ける。
「ごめんね、こいつが橘さんをずーっと変な感じで見つめてて嫌な思いをさせたんだって?橘さんも勇気を持ってそれを止めるように言ったのに気にせずに告白までして!」かなり強引だが、これで誤解は解けるはずだ。
「でも、コイツの事を許してやって欲しいんだ!ずっと惨めな学校生活を送って、いきなり目の前にこんな素敵な人が現れたんだ!そうしたくなる気持ちも分かってやってくれ!哀れなこいつに慈悲の心を!」おい、近藤、助けてくれるのはいいがさっきから言い過ぎじゃあないか?
「いいの、もう。」橘凛が口を開く。
「変な目で見られるのは少なくありませんし、少しびっくりしたけど告白もよくされます。一回も了承した事はありませんけど。」橘の言葉を受け、クラスの男子の何人かが残念そうな顔をしている。
「ごめんね、橘さん。」俺も一応謝る。
「よし、席につけー!」そのタイミングで次の授業の先生の中村が教室に入って来た。席につく皆。
「はい、日直は?号令をかけて。」中村は真面目なおじいちゃん先生だ。
「起立、気をつけー…」
色々あったが何とか無事、授業に入った。橘と俺の問題はひとまずは落ち着いただろう。と言っても俺はもう橘との何かしらは期待出来ない。まぁ、最初から期待などしていなかったが。……いや、正直言うと少しは、ほんの少しは期待していた。しかし今となってはもう遅い。何より、男子の評価を下げる事は阻止したが、女子からは”ただの気持ち悪いやつ”としての評価が確定してしまっていた。その日の授業は一切頭に入らなかった。みんなの視線も怖かった。
放課後掃除していると、ニ人の男子が話しかけて来た。
「お前見かけによらず、すげーんだな!初日から橘凛に告白するなんてよ!」こいつは確か、木村だ。
「そ、そうかな。そんな事ないよ。」俺は答える。
「いーや、俺には分かるね。お前はすげーやつだって、俺には分かる。まぁ以後よろしくな!」木村はスラッとしていて、黒髪短髪の体育会系のテンションの高いお調子者と言った感じだ。野球部所属らしい。でも彼が話しかけて来てくれて安心した。男子は近藤の話しを信じた、と言う事だ。
「ねぇ。」木村が向こうに行くと、そこにいたもう一人が話しかけて来た。
「君は”してやったり”って思ってるかも知れないけどさ、僕はあんなものには騙されない。橘凛が君を呼んだのには別の理由があるはずだ。君はそれを隠している…女子からの評価を下げてまで。気になるね。今は聞かないであげるけどね。」そう言ってくるのは宮本だ。不気味だ。彼は見た目も背が低く、髪は短いおかっぱ気味、眼鏡をかけていつも本を読んでいる。
「い、いや、僕は何も隠していないよ。近藤が言ったのが真実さ。」俺は言った。
「だからあんなものには騙されないって言ったろ?どうせあれは近藤のアイデアだろう。まぁさっきも言ったように、今は聞かない。じゃあ、またそれを聞けるときを楽しみにしているさ。」宮本はそう言うと行ってしまった。なかなか厄介なのに目を付けられてしまったかもしれない。
そして掃除が終わり、俺は下駄箱に向かった。上靴を脱ぎ、自分の靴を出そうとすると、紙が入っていた。予想外の出来事に、ドキッとした。急いで周りを見渡すが誰もいない。中を確認すると、メールアドレスが書いてあった。このアドレスは…。でも何故?そんな事はまぁいい。確認するために早く家に帰ってメールを送ろうと急いでいると、校門のところに蒼木と石川と近藤がいた。
「あれ、二人とも部活は?」俺は聞いた。
「部活は初日だから顧問の話しで終わったんだよ。」蒼木さんは教えてくれた。次に石川が口を開く。
「それよりあんた、近藤から話しは聞いたわよ。あんたはそこまでキモいやつじゃないから何かおかしいとは思ってたけど、クラスの女子はそうは思ってないわよ。みんなあんたの事を橘凛をジロジロ嫌らしい目で…」
「やめてくれよ!もう忘れたいんだ!」石川が喋っていた途中だったがもうあの場面を振り返るのはたくさんだった。あんなの一生にも一回だけで充分だ。
その後も、今日の事を色々話しながら帰り道を帰ったが、みんな俺の事を信じてくれて、心配してくれていた。
しかし本当に申し訳ないが、俺の頭には全然入って来なかった。俺は靴に入っていたアドレスだけが気になっていた。きっと帰り道の俺は上の空だったに違いない。必死にそれを隠しながら話しを合わせた。俺の家の前につくと近藤が言った。
「まぁ、なんだ。まだ2年生は始まったばっかだ。人の評価なんていくらでも取り戻せる。死ぬなよ。」あずきバーを口にくわえている近藤は少し上機嫌だ。(今日はいつもの”1分チャレンジ”はしないみたいだ)
「ありがとう、みんな。じゃあ、また明日。」そう言って俺はすぐ自分の部屋に向かった。急いでメールを打った。
「俺です。僕の靴にアドレスが入っていました。どなたですか?」
「橘凛です。」返信には思った通りの名前が書いてある。彼女のアドレスが r.tachibana0503@…となっているので一目瞭然だ。5/3は、ネットで調べたところ、彼女の誕生日らしい。
「一応聞いたけど、やっぱり橘さんだよね…。一応有名人なんだし、アドレスを変えた方がいいと思うよ(笑) 橘さんから二度と絡みはないと思ってたからビックリしました。何ですか?」俺は聞いた。
「アドレスに何か問題が? 今日の事はとても驚きました。まさか初日からあんな事に巻き込まれるとは。」彼女からの返事は少し刺刺しかった。
「僕の冗談があんな事になるとは、ごめんね。軽卒だったよ。」俺は謝った。
「言葉だけで謝ってもらっても何ともなりません。代わりと言ってはなんですが、この土曜日、丁度仕事が休みになったの。普通の人はどういう風に過ごすのか、とても興味があります。どこかに連れて行ってもらえませんか?」橘凛が俺に送って来たのはかなり意外な言葉だった。橘凛と土曜日にどこかへ?しかもこれは…多分二人きり?いやいや、落ち着け。とりあえず俺はこの土曜日に向けて中学生二年生男子が考えうる中で一番のプランを立てる事にした。そして土曜日はあっという間にやってきた。