「あの・・・。」 橘凛が何かを言おうとするが刺々しい周囲の視線が彼女の口を塞い だ。
その時だ。 橘凛がゆっくりと近づいてきたかと思うと途端に僕の腕を握り教室 の外に走りだした。 ある程度走ると息を切らせながら周りを見渡し、 空き教室を見つめていた。
「ここ、誰も居ないわよね?」 そう聞かれ首を横に振る俺を見て未だに俺の腕を掴んだままの彼女 が空き部屋に入る。
「いつまで腕掴んでるの?」決して嫌だったわけではない。 美人な芸能人に腕を掴まれるという非日常的な心地の良い事故だ。
「あ、ごめんなさい。」視線から逃れるのに必死だったのか、 彼女は今初めて自分が俺の腕を掴んでいるのに気づいたようだった 。少し顔を赤くさせたと同時に掴んでいる腕を慌てて放し、 彼女はどこか恥ずかしそうに再び口を開いた。
「あの、私今から変なこと言うかもしれないけど引かないでね。」 うつむきながら彼女は言った。
「え、う、うん。」 ゴクリという自分のツバをのみ込む音がやけに大きく聞こえた。 目の前にいる美少女と二人っきりで個室にいる。そこに「 変なことを言うかもしれない」 という言葉は思春期の俺には刺激的すぎた。嫌、 きっとこれはそれどころの騒ぎじゃない。
「あ、あの。」
橘が恥ずかしそうにちらっと目を見てきて再び口をひらいた。
「友だちになってください。」彼女が頭を軽く下げる。
「え?」開きかけていたファンタジーの扉が燃え尽き消えた。
「何それ?別にいいけど、なんで俺?」 この思春期の男を手の平でもてあそぶかのような彼女に言動に彼女 を始めてみた時に感じた緊張感は消えていた。
「あの、私自分で言うのもあれだけど一応芸能人だから、 他の人たちとどう接するべきなのかよくわからないの。 人じゃなくって商品として自分を 扱ってきたから今さら学校って言われたらすごいドキドキしちゃっ て、 でも前からマネージャー達や仕事仲間以外の普通の友達っていうの が欲しくって。」
「でもきっとこんな私に声かけてくるのって芸能人としての橘 凛と友達になりたいだけで、本当の私とは別に。。 だから次教室に入ってきた人にこっちから声をかけてみようって思 ったけどいざとなるとなんか恥ずかしくって変に大声出しちゃって ・・・。」 テレビで見るときはいつも元気な子が自分を前に緊張してオドオド しているの見て俺はなんかおかしくなってきた。
「橘さん、意外と変な人なんですね。」 自然と笑顔になっている自分。
芸能人って聞くと話すだけでも肩に力が入った自分がすこし可愛く 思えるぐらいイメージと違う橘凛に合ったばかりなのに不思議な親 近感が湧いた。
その時チャイムが鳴り響き互いが目を合わせ同時に口を開いた。
「あ、教室に戻らないと!」
教室に向かって走る俺と橘凛。
「あの、 さっきあの教室で話した事なんだか恥ずかしいから誰にも言わない でね。」彼女がそうお願いする理由はなんとなく分かる。 中2にもなってなって「友達になってください」 はちょっとキツイ。もし、その人が売れっ子芸能人なら尚更だ。
「だったらなんたみんなにいうの?」息を荒らげて聞き返す。
「任せるわ!」 その言葉とともに橘凛が教室のドアを開くと再び刺刺しい視線に刺 された。
「あーら、初日から仲良く一緒に遅れて到着なんて、 二人共なかなかやるじゃん。」
村上。俺達の今年の担任。 本当はもう32歳なんだけど気持ち26歳ぐらいに見える村上は締 めるところは締める先生だが普段は少しフワッとしてて先生という よりはみんなのお兄ちゃんみたいな存在だ。 そんな村上は何故か女子生徒からの人気が凄い。
「あれ、橘さんは転入生なんでみんなで仲良くね~ なんて言おうと思ってたんだけど、 先生の無駄な心配だったみたいだねー。」フワッと始め。
「二人で仲良くするのはご自由にだけど、 時間はきちんと守るように。」最後は締める。
村上は相変わらずそんな感じだ。
出席を取り終わり次の授業までの休憩時間になると、 近藤がニヤニヤしながら近づいてきた。
「で、一体橘凛と二人でなにしてたの?」
なんにも考えていなかった俺は思いつきでその後を大きく左右する 発言をしてしまった。
続く
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