”学校生活と言えば薔薇色、薔薇色と言えば学校生活。”
そう言われるのが当たり前なくらい、学校生活はいつも薔薇色な扱いを受けている。
しかし、誰もが薔薇色の学校生活を送れるわけではないのも事実だ。勉学、スポーツ、色恋沙汰…それら薔薇色とは全く無縁な学校生活を送る学生もたくさんいるのではないか?
いわゆる薔薇色ではなく、”ごく普通の学校生活”を送る学生だって、たくさんいるのではないか?
かく言う俺も普通の一人だった。薔薇色などとはほど遠く、普通に勉強して、普通にスポーツして、普通に恋をして…
いや、”普通だった”と思っていたが、22歳になって何の面白みもない、毎日が同じ事の繰り返しの社会人になってみて思い返すとあの時は気づかなかっただけで、あれは薔薇色だったのかも知れない。
孔子の言葉に『全てのものは美しい。ただ全員にそれが見えるわけではないが』というものがある。その通り、あの頃の俺には美しい薔薇色が見えてなかっただけなのかも。
まぁいい、当時を振り返ってみるから薔薇色かどうかは適当にそっちで判断してもらおう。
時間は8年前、14歳、中学校2年生まで遡る。
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「お、クラス分け見た?」中学2年生になった初日の4月5日にグラウンドに向かう途中の俺に、そう話しかけて来たのは近藤(こんどう)だ。こいつは小学校からの付き合いで、ちなみに1年生のときも同じクラスだった。俺たちの学校はまぁまぁ人が多く、5クラスあった。それなのにこいつと同じクラスだったのは”腐れ縁”というものだろう。
「いや、まだ見てないよ。今から行くところ。」俺たちの学校では、クラス分けは入学式の日にグラウンドに掲示されるのが決まりになっている。
「すげー面白い事になってるよ!教えてあげないけど!」見慣れたその顔は何か不気味な雰囲気を醸し出していた。その顔をするときはあんまりいい事じゃないんだよなぁ。そう思いながらグラウンドに行くと掲示されたクラス分けの周りにはまだ多くの人が残っていた。
俺の名字を探したかったんだが、この人だかりでは見えない。このときばかりは出席番号が早い蒼木(あおき)さんや石川(いしかわ)さんなどが羨ましい。なぜなら名前が上の方にあるから、この人ごみの後ろからでも簡単に自分の名前を発見出来るからだ。
蒼木さんは去年同じクラスでバスケットボールをやっている体育会系の女の子だ。クラスの代議員で世話好き、文字通りクラスのリーダー的存在だ。
蒼木さんは去年同じクラスでバスケットボールをやっている体育会系の女の子だ。クラスの代議員で世話好き、文字通りクラスのリーダー的存在だ。
石川さん、性別を分かりやすくするために”さん”付けで読んでいるが、本来は石川と呼んでいる。こいつとは幼稚園からの幼なじみで去年も同じクラスだった、腐れ縁パート2だ。こいつもバスケをやっていて、何故か男子連中からは人気なんだが全く持って理由が分からない。いつもぐちぐち俺に嫌みをたれてて、こんなやつのどこがいいんだか。
その蒼木さんと石川は同じバスケ部で仲がいい。今日もあそこの前の方に一緒にいる。
いや、待てよ。一緒にいるって言うのは分かるが、あいつらは何故まだあそこにいるんだろうか?自分たちの名前を確認したなら近藤のようにクラスに戻ればいいのに。
そう思っていると蒼木さんが俺を見つけて手招きをしている。横で石川は嫌そうな顔をしているが、俺から来た訳じゃないのに全く理不尽だ。
「おはよう。すごい事になっちゃったね。」蒼木さんが言う。
「何の話し?」すかさず聞き返す。
「はぁ。あんたオタクのくせにそんな事も知らないのね。」石川は俺を見下しているが、クラス分けなどお前だって見るまでは分からなかっただろう。第一、俺はオタクではない。まぁいい、謎を解くのが先だ。
「どういう事か教えてくれるかな?」こういうときは蒼木さんに聞けばいい。
「ほら、あそこ。」蒼木さんはクラスの真ん中辺りを指差す。
クラス5
……
……
”橘 凛”
……
……
この名前には見覚えがある。同姓同名の今イチオシのテレビによく出ている人気芸能人がいるからだ。
「巷で話題のあの橘凛(たちばな りん)がうちの学校に入ったんだってさ。なんだか理事長と橘凛のお父さんが知り合いらしくて、社会勉強のためにうちの中学に入れたんだとか…。」蒼木さんは丁寧に説明してくれた。なんと本人さんだとは。人だかりの原因はこれか。
「何でも小さい頃から何でも出来てたらしくさ、容姿端麗、成績優秀、おまけに芸能人ときてる。同じ中学になったからにはお近づきになりたいよな~。」後ろの方で男子生徒が話しているのが聞こえた。なるほど、彼女を狙おうとする男子生徒はかなり多いだろう。
結局クラス分けを確認すると俺と蒼木さん、石川、近藤はみんな同じクラス5になっていた。仲のいい友達が3人もいるというのはやりやすい。そしてさっき言った通り橘凛も俺たちと同じクラス5だ。
「本当に知らなかったの?何かネット掲示板とかで結構前から話題になってたんだよ?”橘凛がうちの学校に来る”とかって」石川が言う。
「へぇ~あの橘凛がねぇ…。というか、お前がネット掲示板なんて見てるなんて知らなかったよ。」
「それってどういう…」石川が反論し始めたところで蒼木さんが止める。
「まぁまぁまぁ、お二人さん、時間も時間な事だし、教室に行って待ってようよ。」さすがはクラスのまとめ役。人をまとめる術を知っている。
そして俺たちは教室に向かった。すると教室の真ん中の方に、一人別格のオーラを出しながら座っている女の子がいた。そう、こいつこそ話題の中心、橘凛だ。なるほど名前にある通り”凛”としている。一人別世界から来た人間のようだ。
「遅かったね。」近藤が自慢げに言う。
「くそ~、こっちだったか~。」蒼木さんと石川は悔しそうだ。何でも、三人は一緒に掲示板を見ていて橘の名前を見つけて、近藤は教室に来ると予測し、蒼木さんと石川は橘がクラスの掲示板を見に来ると予測して二手に別れていたらしい。なるほど、自分の名前を見つけやすいはずの蒼木さんと石川があそこに残っていたのはそれでか。
「橘凛ほどの人なら、わざわざ人ごみに紛れて自分の名前を探さなくてもいいように既に学園長か誰かから知らされてるだろうからダイレクトに教室に来るって言う予測をするのは難しい事じゃなかったね。」近藤は結構誇らしげだ。
「今回はあんたの勝ちにしといてあげるわ。」石川は近藤相手にはやけに素直だ。最も、これを素直と言っていいかどうか分からないが、今のがもし俺相手だと罵詈雑言の数々を浴びせていただろう。
「あの、ちょっといいかしら。」教室の空気が一気に凍り付く。全員が一斉に橘の方を見て、次に俺の方を見る。橘凛は俺の方を見ている。声を発したのは他の誰でもない橘凛その人だ。
「えっ。あ、あの…俺?」どもりながらもなんとか返事をする。
「そうです。少し話しがあるの。」彼女の瞳はどこまでも透き通っていて俺の全てを見透かされるようだった。
続く
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