「今日は映画を見に行こうと思ってるんだ。」俺は言った。
「映画ですか。いいですね。好きです。何を見に行くんですか?」橘が聞く。
「ちょうど今日公開になったデス・ノートを見に行こうかと思ってて。予告を見た感じはすごく面白そうだよ。僕はマンガも読んでるから結構興味があってね。」
「あ~。デス・ノートですか。実は…」橘は気まずそうな顔をしていた。
「あ、見ちゃった…?」
「…はい。すいません。私、マンガが好きなのですが、それを知っている関係者の方が試写会に呼んでくださって。で、でも二回目でもいいですよ!!」橘はそう言うと申し訳なさそうにニコッと笑った。
「う~ん…いや、それなら別の映画を見よう。『タイヨウのうた』なんてどうかな?」-常にプランB、またはCを用意しておく-これは近藤がよく言っている言葉だ。いつもは”何を言ってるんだコイツは”と思っていたが、今回は近藤に助けられた。
「あぁ、面白そうですね!実はあれ、私の友達も出ているんです。って言ってもエキストラで役名とかセリフはないんですけどね。」サラッとすごい事を言う橘。この辺りはさすが芸能人だ。
「お、おう。じゃあ決まりだね。でも映画館に行く前に一つお願いがあるんだけど、やっぱりサングラスくらいはしてくれないかな?どう考えてもバレちゃうし、男と二人なんてバレたら絶対マズいよ。」中学二年生ながらフライデーを警戒する俺。
「あははは。まぁ、それもそうですね。では。」そう言うと橘はサングラスを掛けた。あまりカモフラージュにはなってないが、ないよりはマシだろう。って言うかサングラス持って来てるんなら最初からかけろよ!そう頭の中でツッこんで、少し笑うと橘は
「あ、また頭の中で何か完結させましたね!ダメだって言ったじゃないですか!今日はそれ禁止です!」と笑いながら少し怒った。
「あ、ごめんごめん。了解。それじゃあ行こうか。」そう言っておれたちは三角公園から出た。今日はあまり考えすぎずに思った事はパッと言おう。そう決意した。
おれたちが見る予定の『タイヨウのうた』は、デス・ノートの人気に比べると少し落ちるが、人気アーティストであるYUIの女優デビューでしかも主役と言う超話題作で、デスノートと同じ、今日公開だ。そんな事もあってか、人はたくさんいた。
そして俺たちは長い列に並んでなんとかチケットを2枚買った。学生割で1000円、2枚分だと2000円を
俺が支払った。近藤によると1回目のデート代は”男が出すのが基本”らしいからだ。橘凛はかなり申し訳なさそうにしていたが、”男が1回目を出す”には理由がある。
なんでも1回目のデートで奢る事によって、女の子は申し訳なく思う。そこで会計のときにこう言う「分かった。じゃあ次は出してもらおうかな。」と。こう言うと女の子は納得し、次のデートの約束も取り付けやすいと言う事らしい。本当に近藤には助けられている。ヤツはそれを知らないが、自分の教えた事で俺と橘のデートを助けたと知ったらかなり怒りそうだからまぁいいだろう。
「あ、私、何か買いたいです。映画館に来た事があまりないので、映画を食べながらこの大きいポップコーン食べるのが夢だったんです!キャラメルと塩、どちらがオススメですか?」売店を見ながら橘は楽しそうに聞いた。キャッキャとはしゃぐ姿が小学生のようでかわいい。
「うーん、俺はいつもハーフ&ハーフを頼むかなぁ。いつもLを頼むんだけどあのLって意外に食べきれないんだよねぇ。…あるあるなんだけど、分かんないか。」不思議そうな橘を見ると、おかしくなって俺は笑った。
「そうなんですか?私は食べれる気がしますけどね。あ!じゃあここは私が出しますね。さっき言われてた”次”はこれですね」橘はにっこりと笑った。満面の笑みの彼女は自分が俺の”次のデート”への期待感を粉々に打ち砕いた事など知る由もない。
ポップコーンとジュースを買った俺たちは劇場に入った。席はたまたま真ん中の方が空いてたのでそこを取った。トイレには行きづらいが、映画を集中して見るにはよさそうだ。
俺たちが見たタイヨウのうたは、太陽の光に当たれない『XP』(色素性乾皮病)と言う病気を抱えた音楽が大好きな女の子が、たまたま彼女の家の近くを通りかかった少年に一目惚れをする。そこから彼ら二人の人生は大きく変わって行く、と言う物語であった。
病気が進行していって大好きなギターが弾けなくなるが、それならばとギター無しで必死に歌おうとする彼女、それを聞いて号泣する彼。そんなシーンで、ふと横を見ると橘凛が泣いていた。意外にこういうので泣く人なんだ、見た目の通りもうちょっとツンとした人なのかと思ってたんだけどなぁ、などと思いつつ、自分も少し泣きそうになった。特に主題歌の”Good-bye days”はとてもいい曲だった。
映画が終わり、やっぱり残ってしまったLサイズのポップコーンを捨てた俺たちは近くのカフェでコーヒーを飲みながら映画についての話しをする事にした。
「とてもいい映画だったね?」俺は聞いた。”第一に聞く姿勢”というのが大切らしい。…もちろん近藤が言っていた。
「はい、とても。」そう言った彼女はどこか寂しげな顔をしていた。
「…私、共感しました、あの主人公に。少し似ていると思って、彼女と私。」橘凛は言った。
「彼女ってYUIがやってた主人公?」
「はい。私はどこかに行きたくても理由もなしに外に出る事を許されません。そこにいるだけで周りがパニックになる可能性がありますし、変な事をしようとしてくる人もいます。なので外出にしろ何にしろ、何をするにも理由が必要で、父や母やマネージャーに言わなくてはいけません。私だってコンビニに普通に行って普通に菓子パンや紙パックのジュースを買って、みんなで飲んだり食べたりしながらわいわいしたい。けど、そんな事は許されないんです。何か買うくらいの用事ならマネージャーが代わりに行って買って来てくださいます。そもそも学校帰りはいつも送り迎えがあるので友達と帰る事さえ出来ませんけどね。」寂しそうに笑う橘。芸能人と言うのは意外に大変そうだ。彼女は続けた。
「映画を見ていて、こういう芸能人として自分の状況と、あの映画の彼女を重ねてしまいました。しかし彼女は病気で外に行きたくても行けないにも関わらず、たまたま通りかかった彼が気になって、必死に追いかけて告白しました。そして病気が進行してギターが引けなくなって声も出しにくくなったけど必死に歌った。何かをしようと、病気なんかに負けないようにと、必死にもがいていた。しかし私は普通の事がしたいと思う事は多々ありますけど、そのときにマネージャー、父、母に一回でも嫌だと言った事があったでしょうか。そう思うと病気とたった一人で孤独に戦っている彼女はとても立派だなぁって、なんだかそんな風に思ってしまって。」橘は遠くを見つめていた。
「そんな事ないよ。彼女は確かに立派だった。でも君も充分立派だよ。主人公の彼が言ってた「君の曲は皆に届いているよ、太陽に当たれなかった君がみんなの太陽になっているよ」って言うセリフ。あれは君にも当てはめられると思うんだ。」そんなセリフが咄嗟に出て来た。
「え?」橘凛はパッとこちらを見た。
「君は確かに普通の事は出来ないかもしれない。けどそういう普通とは違う橘凛を見て、魅力を感じている人はたくさんいるんじゃないかな。女の子は君をお手本にして、男は君に憧れる。それは普通じゃない君にしか出来ない事なんじゃないかな。まさに”普通の事を出来ない君が普通の人の憧れになっている”んだよ。それに芸能人なんて周りから受けるプレッシャーが同年代とは段違いだ。売れずに腐って行く子は売れる人の何十倍も何百倍も、もしかしたらそれ以上にいる。それなのに君はあそこまで人気で、あそこまで人々に求められてるじゃないか。それって素直にすごいよ。」
「求められるって…案外楽じゃないんです。」橘は言った。
「”求められている自分”と”本当の自分”には多かれ少なかれギャップがあって、みんな一人一人の中で”自分の橘凛”を作り上げて、少しでも自分の求めてる私と離れるとバッシングをします。例えそれが本当の私だったとしても。芸能人のキャラって言うのは事務所の戦略や時代の需要などから決まるものなので、私は”私じゃない私”を黙って演じなくてはいけない。なので、たまに自分がロボットみたいに感じる事もあります。」彼女はやるせなさそうに語った。
「ごめんなさい。こんな事、あなたに言ってもどうしようもないのに。でも、あなたがさっき言ってくれた言葉、すごく嬉しかった。それに今日、あなたが私に普通の事をさせてくれて、とっても嬉しかった。本当にありがとう。」彼女はニコっと笑いながら言った。彼女の笑顔は自分と同じ中学二年生とは思えない程キレイなものだった。
「いやいや、そんな事、お安い御用だよ。話し聞くくらいなら、いつでもするから、言ってよ。さて、これからどうする?」俺は聞いた。映画、カフェ、と来ると次はガストか?そんな事を考えていた。
「うん、そうね、あなたといるのは楽しいけど、実は今日、お父さんとお母さんにウソついて来ちゃったの。女友達と遊ぶって。だからもうそろそろ帰らなくっちゃ。」橘はいたずらに笑った。
「一回も逆らった事ないみたいな事言ってたのにウソついてるじゃん!朝サングラスせずに外出したのもちょっとした抵抗?」俺は聞いた。
「そうね。小さい小さい抵抗だけどね。いつもいつも公共の場に行く時に変装を義務づけられるのにはもううんざり。」彼女が笑う。
「そうか。でもパニックになっちゃうから、やっぱりサングラスくらいはしないとね。…よし、じゃあ家まで送るよ。」そう言うと彼女はまた笑った。改めて、普段は何千人、何万人に向けてやっている笑顔が今は俺にだけ向いていると思うとドキッとした。そして、いつの間にか彼女がタメ口に変わっている事に気づいて、嬉しくなった。普通の友達も悪くない、そう思いながら橘の家に向かった。
続く
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