January 11, 2014

【タイトル未定】 CHERRY



あの日のデートから二週間ほどたった。

メールを毎日何通か交わす僕らは不思議と学校ではあまり話をしない。

橘凛はいつも数人の女子たちに囲まれていて、クラスのみんなはその女子達をロイヤル・ナイツと呼んでいた。

クラスの男子が声をかけようとする度「下心レイダーが反応してるわよ」と主人を守る犬のように彼女たちは橘を守ったからだ。


「トゥットゥルー♪」休憩時間になると決まって近藤は俺の横の机に座る。俺にはあの護衛軍達の下心のほうがよっぽど大きいと思うけどな。」

「佐々木なんてブログを更新するたび「凛ちゃんとごはんー」とか「今凛ちゃんと暇してるー」とか。お前の暇と芸能人の暇を同じ扱いって自分と橘が同じ世界線上に生きてないこと自覚してなさすぎだろ。」自分に優しく他人に厳しい近藤は相変わらず健在だ。そして言葉の端々からシュタゲーが滲み出ている今日の彼は活き活きしている。

「あるアニメにはまったのでしばらく学校をお休みします。」何の悪気もなくそう言い残し先週一度も学校には来なかった近藤は充実した休暇がとれたようだ。

「下心のある女って醜いよなー。アイツらもどうせなら橘のスカートの端を持ちながら歩くぐらい欲を出して護衛軍の仕事をすれば少しは見映えもましになるんだけどな。あ、”世界の中心”最近は”護衛隊長”って呼ばれてるんだって。」”世界の中心”とは佐々木の愛称だ。「もうちょっとひねれよ。つまんねーな。どうせならインペリアルドラモン パラディンモードとかの方がよくね?」

「そんなデジモン豆知識だれも持ち合わせてねーだろ。」心からでた俺の一言に不満をもった近藤はいろいろ反論しているみたいだが俺は全部聞き流した。

佐々木はクラスに必ず一人はいる人気のためには手段を選ばない子だ。話題の中心に自分があることが彼女の人生で一番大切なことなのか一度自分とその時も担任だった村上が恋愛関係にあるという嘘をついて学校中を騒がせた事で知名度だけはある。しかし本人が撒いたガセ情報と裏付けがとれた次の日から彼女には性格を皮肉った「世界の中心」というアダ名がつけられた。


「おい、お前最近リアクション薄いぞ!もしや貴様もう機関のエージェントの手に・・・・・・合言葉は?」近藤がこうなると誰の手にも止まらない。

「・・・・・・・・・・・・・はぁ。エル・プサイ・コングゥルー。」俺の放ったその言葉に近藤はやけに満足そうな顔でうなずいた。

。。。



そんな感じで今日も特に刺激のない学校での一日が終わり家に帰って橘にメールを打った。

「お疲れ様。どんどんロイヤル・ナイツ一色の学園生活ですね。」毎日こんなたわいのないメールを送る俺。一行の短いメールに一行の短い返事が返ってくる。それを何通か繰り返しどちらかの「じゃあまた明日学校で。」で終わる絵文字の一つさえないやりとりだ。

もう一か月ぐらいになる俺と橘の不思議な関係。いったい一般人中の一般人の俺からくるこんな不必要なメールを彼女はどのような心境で受け取るのだろう。考えれば考えるほどこの疑問の答えを知ってしまえば甘い夢から覚めてしまうような気持になり、悲劇を綴った作品の甘い序章の主人公を自分が演じているような気がした。

夢は夢だから、夢のままで人々の理想の中を色彩豊かに自由に泳ぎ回る。その心の中のキャンバスの色彩をモノクロな現実に重ね合わせ人々は幸福を得る。それに比べ夢が半端に叶うということは現実が彩られすぎて心がモノクロになる。それは夢を生きながら死ぬ事だ。それを人々は”何気ない生活の中に幸せを見つける事”の重大さとして語り継いできた。

君の手で切り裂いて 遠い日の記憶を
悲しみの息の根を止めてくれよ
さあ 愛に焦がれた胸を貫け♪」

携帯が鳴った。

そう、俺の着信音はポルノグラフィティのメリッサ。

携帯の画面に”橘凛”と表示されてこの歌を聞かされるのは突然の雨に打ちひしがれ、ずぶ濡れになり諦めがついた瞬間に包まれる不思議な開放感と同じようなものがあった

「めんどくさい人ほど仲間にしておくものですよ。」そんな彼女の返信に芸能界の黒さと厳しさを垣間見て少し戸惑う俺。
「あの、さっきのは冗談ですよ。転校生の私と仲良くしてくれて感謝してますよ。」一分もしないうちに続けてもう一通きた。直接話す時はタメ口なのに文上での敬語は彼女の癖らしい。

本当の友達や仲間っていうのはいちいち一緒にいることに感謝なんかし合わないんだぞ。」そう返信した。

「本当の友達って具体的にどんな感じですか?」いつも少し間が空いてくる変人がやけに早かった。


「もっとこう、一緒にいるのが当たり前だったり、気付いたら仲良しになってたり、不思議な絆を感じたり、そういうもんなんだよ。俺なんか、なんで近藤と自分がこんなに仲良しなんだろうってあいつと話す度に思うもん。なのに先週あいつ不登校だったから妙に寂しくってさ、ほんと腐れ縁ってやつだな。」なんとなく俺は世間一般の友達作り理論を展開した。

「じゃあ私たちは本当の友達ですね。」彼女の返信にはそう書いてあった。メリッサの歌詞を口ずさむ俺。決して”好き”という感情があるわけではない。しかし、そこには不思議な居心地の良さだったり、一定の規律で刻む事を忘れた自分の胸の鼓動が妙に気持ち良かったり、気付けば浮かんでくる横顔だったり、そんなもの達で溢れている自分は確かにそこにいた。

また一分後には”冗談ですよ”、なんか送ってこないよなーと三分ほど待って「お前、色んな人にそれ使ってるだろ。(笑) じゃあまた明日。」と返信した俺は自分の照れを文上に見て、それを自ら笑った。大きすぎる夢も野望も持たない主義の俺はこの不思議な関係のままでいることが自分にとってのベストだと思った。そして自分の恋心で二人の関係を酸化させることを嫌った。

「もし俺達の物語が本当に悲劇を綴った本だったなら、今俺は何ページ目を読んでいるのかな。」そんな事を考えた。

その後彼女からの返信はなかったのでメリッサの歌詞は霞み、甘い気持ちで就寝に着いた俺はページをめくる覚悟を決めた。

つづく

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